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インフレ率とGDP成長率の関係から考える。どの程度のインフレは許容範囲内?財政支出の指標として、インフレ率は使える?

 

 

この記事の目的意識と、何したか

この記事では、「どの程度のインフレは許容範囲なのか?」をなんとなく考え、インフレ率以外に気にするべきことについても触れる。

とりあえず、以下のページからデータを引っ張ってきた。

インフレ率の推移の出典(CPIではなく、CPIの年間増加率=インフレ率)

https://data.worldbank.org/indicator/FP.CPI.TOTL.ZG

実質GDPの推移の出典(実質GDP成長率ではなく、実質GDP

https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.KD

 

ページの右のほうで、CSVファイルをダウンロードしてデータを入手した。実質GDPはドル換算のはず。2015年の為替レートでドル換算してるようだ。CPIは知らん。

CPIと実質GDPのデータが1962年から2019年まで、全てそろっている国のデータだけを分析対象とした(この記事を書いた2022年1月時点の最新データを用いていないのは、この記事が過去に公開していた記事と同じデータとその処理結果を使いまわしたから。特に意図はない)。分析対象となった国は注釈*1にて列挙。データがそろってる国を選ぶと、どうしても先進国が多くなりがち。

 

 

 

1961年と2019年の、物価とGDPの倍率

まず最初に、途中経過を無視して1961年と2019年を比較するしてみる。1961年から2019年までの間の、世界各国のCPIとGDPのデータを拝借して、物価とGDPの変化の関係を見ることにする。

 

1961~2019の統計値が存在する国を選んで、CPIの累積(1961~2019の間に物価が何倍になったか)とGDPの変化率(1961~2019の間に実質GDPが何倍になったか)の関係を散布図でプロット。結果がこちら。

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縦軸が物価の倍率、横軸が実質GDPの倍率。何%増加したか、ではなくて、何倍になったかを示す。

物価の倍率がやたら高いデータがあるせいで、ひどいグラフになってしまっている。そこで、同じデータを使って、縦軸の物価の変化の大きさを対数表示にしてプロットしてみた。

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方対数グラフに回帰直線を引く意味はないが、どうも、物価の上昇とGDPの増加がトレードオフになっているように見えないこともない。

・高インフレ低成長=左上

→インフラが整っていない、あるいは紛争の影響を強く受けた発展途上国

・低インフレ高成長=右下

→インフラが整って急激に発展した(元)発展途上国。2019年の時点では発展途上国化先進国か微妙なライン

・低インフレ低成長=左下

→先進国

といったところだろうか?

左上の国はどこかな?と調べてみると、物価の上昇倍率が高い順に、

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だった。この5か国の中では、トルコが最も実質GDP成長率が高く、1961年から2019年までの間に、実質GDPが15倍弱までふくらんだ。

ついでに確認したところ、GDPの倍率トップファイブは、

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だった。アジア通貨危機の面影はどこへやら。。。。ってくらい、地域的に偏ってる気がする(東南アジアで高度経済成長し始める&東南アジア各国が、なぜか国際金融市場の規制緩和を行う→様子を見ていた米国などの金融機関が短期の外貨化取引市場に参入、東南アジアの企業が金利の低さを理由に短期で外貨を大量に借り入れた→いろいろあって、固定為替レートの維持ができなくなり、返済や利払いが難しくなり、倒産する企業や失業が相次いだ という物語があるので、アジア通貨危機を食らった地域のほうが経済成長しているのは、説明可能な現象ではある。)。これらが右下の国々だ。ミャンマーの実質GDPは26倍、韓国は59倍だ。同じ時期の日本のGDP倍率は約7倍。

左上はインフラ整備が十分でない発展途上国

右側はインフラがある程度整って一気に経済成長し、発展途上国から先進国に仲間入りするかどうかくらいの国、

そんなイメージで大体合ってるだろう。

 

なんとなく直観とも合致するデータだったのではなかろうか。

ただ、上で行ったのは1961年と2019年の比較であって、途中でどのような経過をたどったのかは全くのブラックボックスだ。上の散布図では、どの程度のインフレ率を許容できるかを考えるには不十分すぎるので、途中経過に注目した分析が必要になる。

 

 

各国各年の、インフレ率とGDP成長率の関係

そこで今度は、任意の国・任意の年のデータを1つの点として、インフレ率とGDP成長率の関係を散布図プロットした。

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インフレ率とGDP成長率の関係

インフレ率12000%近い点がある。経済学の世界におけるハイパーインフレの定義には、ぎりぎり届かない。インフレ率が低い点の分布を見たいので、インフレ率50.5%以下限定で同じ図をプロットすると、このようになった。

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インフレ率50.5%未満限定、インフレ率とGDP成長率の関係

散布図だと点が重なりすぎて密度がわからない部分がある。そこで、同じデータを2次元ヒストグラムにするとこうなった。

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インフレ率50.5%未満限定、インフレ率とGDP成長率の関係

インフレ率5%付近が、最もGDP成長率が高くなりやすいように見えなくもない。この散布図とヒストグラムGDPは物価の影響を調節した実質GDPである。

ついでだから、どの程度のインフレ率でGDP成長率の期待値がどうなるのか、調べておく。横軸インフレ率、縦軸がGDP成長率の平均としたグラフを作るとこんな感じだった。インフレ率を1%間隔で区分けして、インフレ率が0.5~1.5%までのときの実質GDP成長率の平均をとる、みたいな感じ。GDP成長率の平均をとるときには、重みづけとかしてない。

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インフレ率ごとの、実質GDP成長率の平均

インフレ率 -9, -7, -5, 43% のデータはない

10%程度のインフレを恐れるのは、アレルギー反応ではないだろうか。

端の方はサンプルが少ないので不安定だが、大体の傾向は見て取れる。インフレ率5~10%くらいのときに最も実質GDPが成長しているように見える。端の方はサンプル数が少ないので誤差も大きいはずだ。そこで、端の方のデータは表で確認すると、

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インフレ率で昇順に並べたデータ

 

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インフレ率50.5%未満のデータ限定で、インフレ率で降順に並べたデータ

インフレ率が-5%未満のデータに関しては、あまりにもサンプル数が少ないので、平均GDP成長率の解釈に対して、個別のケースで対応しないとまずいのではないだろうか。経済成長率と物価上昇率の散布図を見る限り、インフレ率は外れ値でも、GDP成長率自体は外れ値ではないように見えるが。

 

インフレ率 -5%以下のデータの取り扱いについて

インフレ率が-5%以下を示すデータは、とても数が少ない。共通していたのは、発展途上国で、基本高いインフレ率が乱高下している、という点だ。低インフレ記録トップ15の中に、先進国所属は一つも含まれない。これをどう解釈するかは、あなた次第だ。先進国が含まれないのは、それなりの理由があると思われる。

 

 

 

先進国に限定したら、インフレ率とGDP成長率の関係は?

先進国のリストは注釈*2にて。先進国だけのデータを使って、毎年のインフレ率とGDP成長率の関係をプロットしたところ、このようになった。

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インフレ率とGDP成長率の関係、先進国限定バージョン

点が重なって密度がわからない部分があるので、一応ヒストグラムを作ると、下のようになった。

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インフレ率とGDP成長率の関係、先進国限定バージョン

若干、正の相関があるように見える。(相関係数は計算しない。回帰直線も計算しない。意味がないので。) なお、先進国に限定したことで、こちらの記事の「・複数の原因が重なり合って一つの結果を生み出すとき、ランダム化比較試験ですら役に立たないかもしれない」の項目で言及される統計マジックを発動している可能性が高まる。

続いて、どのインフレ率のとき実質GDP成長率の平均がどの程度だったのか知るためにプロットしたグラフがこちら。

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インフレ率ごとの、実質GDP成長率の平均、先進国限定バージョン

このグラフでは、インフレ率26, 30%のデータが存在しない。

インフレ率3~7%をピークにGDP成長するように見える。インフレ率が7%より高い分には、GDP成長率が急に下がったりはしないが、4%より低い方は比較的急激な変化だ。ただし、端の方はデータ数が少ないので、誤差が大きい。そこで、個別のデータを見てみると、

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インフレ率で降順に並べたデータ

 

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インフレ率で降順に並べたデータ

サンプル数の関係上、インフレ率25%超のときの平均GDP成長率の値は、正直あてにならないだろう。インフレ率-2%についても同様。

デフレ大国は日本とギリシャ、と言いたいところだが、ギリシャは高インフレの年も多いので、発展途上国に近いというべきか。少なくとも先進国では、高インフレは20世紀、低インフレは21世紀に経験しているという傾向がある。

 

 

 

大事なのはインフレ率の維持ではない。生活水準の向上だ。

以上の結果をもって、インフレ率が3~7%程度になるまでは総需要が拡大しても構わないだろうから、政府が求められている分野に投資額を増やすべきだ、などと主張したくなるかもしれない。そしてそれは多くの場合、望ましい結果をもたらす可能性が高い。(もしインフレ率5%程度にもかかわらず不況などの問題が発生した場合、「供給力が弱くなる事件や政策がなかったか」「所得格差が広がる法律を作らなかったか」「資源価格が上がったから」などなど、インフレ率を左右する要因を検討してその時々に必要な対策をとるべきだ。)

ただ、ハイマン・ミンスキーやランダル・レイなどが主張するように、いくら総需要を増やしても、一部の大企業や金持ちに金融資産が集中するような社会の仕組みをとっていた場合、財政支出がインフレをもたらすばかりで中間層や低所得者の収入が増えない、なんてことは普通に起こりうる。

 

この記事は、「インフレ率とGDP成長率を要素に含む、何かしらの因果関係」を説明したわけではないし、大事なのはインフレ率をよさげな水準にキープすることではなく、生産能力を高めることだ。考えるべきことは、皆が欲しいものを手に入れることができる環境をつくることである。投資は増やし続けるべきだが、それはインフレ率を保つためではない。

生産力が最も高まる需要の増やし方をすると、インフレ率が5%前後に収まる。という可能性はあるかもしれないが、「IT系の技術を使った生産力の拡大は、多くの場合物価を下げる」などの様々な時代特有・国特有の事情があるので、「良い状態」はその時々で異なるはずだ。

実質GDPは、生活水準の指標として、現状広く普及しているほかのどの指標よりも、適切だとされているものの、生活水準の指標としては、数多くの問題を抱えていることもまた事実だ。本当に大事なのは実質GDP成長率ではなく、もちろんインフレ率でもなく、長期的な生活水準の向上である。

 

 

経済成長率が高かった時代について

総需要の拡大を重視する政策が主流だった時代は、経済成長率が高かったといわれることがある。その手の政治勢力が弱ったのは、オイルショックによるスタグフレーションを解決できなかったからだとか(米国のスタグフレーションは、オイルショックだけでなく、米ドル安が進行したことにも支えられていた。あと、スタグフレーションに対処できなかったのは新古典派総合、あるいはオールドケインジアンの理論であって、ケインズ自身の理論ではないし、ケインズサーカスやポスト・ケインジアンの理論でもない。)オイルショックは1973年と1979年に発生している。

GDP成長率平均の推移を、データがそろったすべての国と、先進国限定とで、グラフにしてみた。重みづけとかしてない。世界のGDP成長率みたいなのとは、そういう意味で違う。

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GDP成長率の推移

 

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先進国限定、GDP成長率の推移

2度のオイルショック大恐慌がよく見える。もっと昔のデータが無いと、総需要拡大が盛んに叫ばれていた時期に経済成長率が高かったという主張の真偽は分からない印象。

 

 

 

最後の挨拶と注釈

最後に、この記事の内容の解釈について、大切だと思うことを(くどいだろうが)箇条書きしておく。

・この記事ではGDP成長率が高いことを全とするような書き方をしたが、正直言って簡略化しすぎた思考だ。無料の取引がGDPに加算されないことなどを考慮し、習慣や技術などの変化にも気を使いつつ、GDP統計の中身を見て解釈する必要がある

・過去はあくまで参考程度であって、時代が変われば状況が違うのだから、「こうすれば万事よくなる」みたいな解決策はない

・インフレ率は指標にすぎない。大事なのはインフレ目標ではなく、資源のひっ迫や貧困層の拡大などといった問題が発生しないことである

 

ついでに、「この記事と関連がある、当ブログ内の記事」を一覧しておく。

 

・何がインフレ率を決定しているかについてまとめた記事

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

・インフレよりほかにもっと気にすることあるだろって言ってる記事

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

 

財政支出GDP成長率に与える影響について言及した記事

rokabonatttsu.hatenablog.com

rokabonatttsu.hatenablog.com

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

・日本・アメリカ・イギリスなどの国がいまだに財政破綻していない理由について言及した記事

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

以上だ。

 

 

*1:分析対象になった国は、
'Trinidad and Tobago',
'Uruguay',
'Belgium',
'Sweden',
'Guatemala',
'Egypt, Arab Rep.',
'Italy',
'Philippines',
'India',
'Haiti',
'Portugal',
'Post-demographic dividend',
'Canada',
'Nigeria',
'Norway',
'Myanmar',
'Latin America & Caribbean (excluding high income)',
'Austria',
'Sri Lanka',
'Mexico',
'Sudan',
'Costa Rica',
'Peru',
'Israel',
'Iran, Islamic Rep.',
'Colombia',
'Malaysia',
'Bolivia',
'Turkey',
'United States',
'Spain',
'Pakistan',
'Paraguay',
'Ecuador',
'Luxembourg',
'Japan',
'Greece',
'Kenya',
'France',
'Singapore',
'Thailand',
'Korea, Rep.',
'Burkina Faso',
'Dominican Republic',
"Cote d'Ivoire",
'Honduras',
'Australia',
'Netherlands',
'United Kingdom',
'Latin America & the Caribbean (IDA & IBRD countries)',
'South Africa',
'Denmark',
'Panama'

*2:データが利用された先進国一覧

Belgium
Sweden
Italy
Canada
Norway
Australia
United States
Spain
Japan
Greece
France
Ireland
United Kingdom
Austria
Netherlands
Switzerland
Denmark
Portugal
Korea, Rep.
Luxembourg