好奇心の横断歩道を創る!

結論とは、考え疲れたときに至る場所である

思春期の精神的側面は、現代病ではないか?反抗期は現代社会の創作物?

思春期などという概念は、イギリスで綿産業から始まった産業革命以降、産業革命がおこった国や地域から順に普及していったのではないか?

少なくとも中世の時代、ヨーロッパでは大人と子供という区別は現代よりはるかに薄く、日本でも大人と子供の区別はあったがその過渡期としての思春期という概念は存在しなかった。「先住民」などと呼ばれそうな生活スタイルの民族も、かなり高確率で、大人と子供の境目に儀式があるが、思春期という発想はない。

 

産業革命以降、現代的な学校教育が求められるようになった。つまり、学校を設立し、子供を親の教育から引きはがし、優秀な工場労働者を育成する、という需要が生まれた。また、戦争のスタイルが、傭兵を雇って職業軍人同士で戦うことが多かった時代から、総力戦が当たり前の時代に突入したので、国民を優秀な兵士にする、という需要も高まり、それを学校教育が担当した。親が子供に仕事を教える時代は終わり、職業選択の自由という概念も普及した。

この学校という制度が、人の本能に即した制度ではなかったせいで、様々なしわ寄せが発生したと考えられないだろうか。しわ寄せとは例えば、理不尽な要求への当然の反発を大人が解釈した成果としての”精神的に不安定な思春期”  だったりする。

 

人は環境の生き物だ。不具合を起こして当然の状況に放り込まれれば、不具合が起こる(力こそパワー)。不具合の発生を知った人間が、その原因をわからないなりに妄想した結果、「中二病や反抗期などの思春期特有の精神状態が存在する」という詭弁が発明された.....これが真相ではなかろうか。