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ポスト・ケインズ派によるインフレの説明

 

 

コストにマークアップを乗せる価格設定

価格は、

価格=(生産コスト+利潤)/生産量

で表現される(これは恒等式)。ポスト・ケインズ派(とMMTer)による価格設定理論は、

価格=(1+マークアップ)×生産コスト/生産量

という形をしばしばとっている。

輸入物価は為替レートと輸入先の物価の影響で決まる。消費に対する輸入の割合がさほど大きくない経済圏では、生産コストは主に賃金で説明される。

ポスト・ケインズ派の中でもクラシカルな議論では、インフレ率は、経験的に、貨幣賃金の上昇率と生産性の上昇率で近似できる。

「インフレ率」≒「貨幣賃金の上昇率」ー「生産性上昇率」

という近似である。この近似は、生産コストの大部分を賃金が占めていることに着目し、物価が主に賃金コストによって規定されていることを示す式、

「物価」≒(1+「マークアップ」)×(「平均貨幣賃金率」 /「平均労働生産性」)

の両辺を対数をとって時間微分したものである。(ただし、マークアップは、時間変化に対して概ね一定という古い経験則を持つ。平均貨幣賃金率は、労働時間当たりの名目賃金の平均値。平均労働生産性は、労働の一人時間当たりの生産量)

注意したいのは、この物価の近似式をもって、ポスト・ケインズ派が利潤や輸入物価や税が物価に与える影響を無視しているのではないことだ。シドニー・ワイントロープが活躍した時代などで、マークアップの時間変化が小さく、対数をとって微分したときに十分に0に近く無視できたため、貨幣賃金と生産量の関係で近似すると精度がよかっただけで、賃金以外の要素の変化が物価に与える影響を無視しているのではない。最近では、所得格差の拡大などの社会環境の変化に合わせて、配当や内部留保といった利潤が物価に与える影響を重視する傾向が、昔よりも増しているように見える。

 

生産の弾力性と価格の弾力性

農林水産物のように、急な需要の変化に合わせて供給を増加させるのが難しい産業では、需要と供給のバランスや限界費用と限界収入のバランスが価格を決める重要なファクターになる。

情報産業や多くの製造業では、企業は少し生産力に余裕をもって操業し、売り上げに対して一定水準の在庫を保持していることが普通なので、急な需要の増加に対して供給量の増加で対応することがとても多い。

これらの結果、供給が時間に対して非弾力的な産業では需要供給バランスがマークアップの上下を通じて価格に反映されやすく、供給が時間に対して弾力的な産業では生産費用を通じて価格が上下する傾向がある。

 

インフレ率に影響する様々な要因

この節では、

「物価」=(1+マークアップ)×(「平均貨幣賃金率」 /「 平均労働生産性」)

「インフレ率」≒「貨幣賃金の上昇率」ー「生産性の上昇率」 (ただし、マークアップが時間に対して安定)

を認めたうえで論を展開する。

 

インフレ率の説明は、①マークアップ、②貨幣賃金、③労働生産性、④ほかのいくつかの決定要因 によってなされる。

マークアップは、負債と内部資金による資金調達に関係している。投資費用の回収はマークアップ(内部留保)によって行われるので、投資の増加はマークアップの割合の上昇を必要とする。価格と生産量が一定の時、マークアップが大きくなるためには生産費用の割合を小さくしなければならず、生産費用の多くを占める賃金が抑制される。

②貨幣賃金の上昇率は、労働者の賃金交渉力などで説明される。「労働者は、労働生産性労働市場の状況などから、実質賃金について一定水準の希望を持ち、名目賃金はその希望と実際の賃金とのギャップにパラメーターを介して反応する」という仮定を採用する場合が多いようだ(希望の水準 や パラメータ に労働者の賃金交渉力が反映されている)。

③技術進歩が、技術的失業を伴う生産工程の革新をもたらす場合、それは労働者一人当たりの生産物の増加として観察される。ほかの条件が同じなら、労働者一人当たりの消費を増加させるのは、平均労働生産性の上昇に限られる。

定量的なモデルを作る場面において、技術の進歩具合は外生的に与えられる場合が多いが、「技術革新を起こすためには、しばしば、多額の投資が必要である」という主張自体は、ポスト・ケインズ派の中でも見られる。定量的なモデルを作るときに技術に関係するパラメータを外生的に与えるのは、内生的に表現すること自体がとても難しいから、あるいは短期間を考えるときに技術水準が不変としても悪くないためだと思われる。

 

貨幣賃金と実質賃金について

貨幣賃金とは、労働報酬の名目値である。労働者の交渉力などの要因に、貨幣賃金の絶対値や上昇率が依存している。貨幣賃金と労働者の交渉力の関係に着目するのは、賃金の決定の時に物価水準を考慮することは一般的ではなく、求人に始まり昇給の規定までも、名目値で行われるのが一般的だから。求人は実質賃金と直接関係のない条件で出されるが、貨幣賃金あるいは貨幣賃金率にはほとんど必ず言及されている。

実質賃金とは、購買力を基準にした賃金である。別の言い方をすると、物価名目値と賃金名目値の相対的な割合から、賃金を定義しているのが、実質賃金だ。「労働者が得る所得の相対的シェア」÷「生産量」に比例するといえる。

 

インフレ率と実質賃金と貨幣賃金

実質賃金と貨幣賃金の区別は、ポスト・ケインズ派のインフレ理論の基礎である。なぜなら、

「インフレ率」 ≒ 「貨幣賃金上昇率」 ー 「実質賃金上昇率」

がしばしば成り立つと考えているからだ。その理由をかいつまんで説明してみる。

 

この節では、

「物価」=(1+マークアップ)×(「平均貨幣賃金率」 /「 平均労働生産性」)

「インフレ率」≒「貨幣賃金の上昇率」ー「生産性の上昇率」 (ただし、マークアップが時間に対して安定)

を前提とする。

 

カルドアの定型化された事実から、賃金分配率が一定という仮定を追加すると、

「平均労働生産性」∝(1/「賃金分配率」) × 「平均実質賃金率」

つまり

「平均労働生産性」∝「平均実質賃金率」

となる。これを認めた時、

「物価」=(1+マークアップ)×(「平均貨幣賃金率」 /「 平均労働生産性」)

∝(1+マークアップ)×(「平均貨幣賃金率」 /「平均実質賃金率」)

∝平均貨幣賃金率/平均実質賃金率

ということもできる。もちろん厳密には賃金分配率やマークアップは時間に対して一定ではないので、

物価≒ 定数×平均貨幣賃金率/平均実質賃金率

と思えば良いだろう。この両辺を対数をとって時間微分することで、

インフレ率 ≒ 貨幣賃金上昇率 ー 実質賃金上昇率

ということができる。実質賃金を上回って貨幣賃金が上昇すると、物価水準が上昇する。重要なのは、超過需要を用いた説明ではないことだ。おかげで、新古典派系にありがちな”供給曲線が右肩上がり”という非現実的な仮定を必要としない。

 

アメリカのスタグフレーションの初期などにみられた、インフレスパイラル

労働者が交渉で貨幣賃金の上昇を実現

→生産コストの上昇により、物価上昇

→物価が上がると、投資費用や経費が膨らみ、投資家や経営者は、借入の返済や内部留保の拡大に必要な利潤を得るためにマークアップを引き上げる

→分配の公平性を理由に、労働者が貨幣賃金の上昇を要求・実現

 

 

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