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価格が決定するまでの過程の説明。需要曲線と供給曲線の関係で説明できるのはほんの一部?

 

問題意識

需要と供給のバランスでは、価格変動を十分に説明できない

多くの(ミクロ)経済学の本では、

「自由市場での価格水準は需要曲線と供給曲線の交点で..................」

「独占市場での価格水準は限界費用と限界収入が等しくなるところで...................」

みたいなことが書いてある。しかし、「需要と供給の均衡が合理的な意思決定の結果として発生したり、限界費用と限界収入の一致で数量と価格が決まるのは、様々な前提条件をクリアしたごく一部の商品やサービスや金融資産に限定される」という最も大事な注意書きが無かったり強調されていないのが普通だ。

電気代や通信費・家賃や不動産価格・家具家電・サブスク系のサービスに至るまで、ほとんどの価格は「当該商品で最大の利益を上げようとする生産者と、最大の効用を得ようとする顧客の、真に合理的な意思決定の結果」として決まっているわけではない。もしも価格が「当該商品で最大の利益を上げようとする生産者と、最大の効用を得ようとする顧客の、真に合理的な意思決定の結果」として決まるなら、毎分毎秒とは言わないまでも、少なくとも毎日価格が変わり続けるはずだ。しかし現実には、天気予報で降水確率が高い日の前日に傘の値段が上がったり、テレビで紹介or広告された商品がその次の日までに価格上昇したりはしない。

経済学が言うような意味で人々が経済合理的だったとしたら、特に通販サイトなどは、価格変更のコストは十分に小さくできるだろうから、すべての商品が金融市場のように頻繁な価格の調整の対象になっていなければおかしい。経済学が言うような意味で人々が経済合理的だったとしたら、この情報化社会においては、転売のコストと釣り合う程度の差で、金持ち相手に高値を提示し、貧乏人に安値を提示し、生産者としての利潤を最大化するはずではないのか?明らかに、「利益の最大化をもくろむ生産者や、効用の最大化を目指す顧客の、合理的な意思決定」以外の原因が価格に強く影響しているのだ。

そもそも、価格設定を行う現場の人が、日々刻々と変わる「需要曲線と供給曲線」「限界費用と限界収入」「経済学で使われる意味の機会費用」を常に正確に認識・予測できると信じること自体、現実との乖離が激しすぎる前提ではないだろうか?データサイエンスの業界っぽく言えば、ゴミをいくら入力してもゴミしか出てこないのではないか?需要と供給で価格が決まるなどの発想自体は間違いではないものの、主流派の価格の説明は、現実社会の多様な価格設定過程をほとんど説明できない。

ポスト・ケインズ派の価格設定の理論の、全体像とメリット

以上の問題意識を前提とし、現実的な価格設定の過程の説明が、ポスト・ケインズ派と呼ばれるグループから提案されている。ポスト・ケインズ派の説明では、価格決定プロセスの典型的なパターンは2つある。

一つは、日本の野菜や海産などの、取引量の割に供給が非弾力的(短時間で供給量が大きく変化させることができない)で、比較的競争市場に近い市場。

もう一つは、大半の製造業やIT産業やサービス業のように、供給が弾力的で寡占・独占がおこる市場。このような市場では、たいていの場合、稼働率が100%より低く、急な需要水準の変化に対して価格変動ではなく供給量の変化で対応する。

供給が非弾力的で競争市場に近い市場では、新古典派系の主流派経済学の説明がそれなりにうまく適応できる。

一方で、供給が弾力的な市場や寡占・独占が起こっている市場では、主流派の説明は非現実的となる。この記事でまとめる価格設定プロセスの説明は、このような市場の価格設定の説明を、特に得意とする。供給が非弾力的な市場の説明としても、新古典派系の説明と遜色ないと思う。

ポスト・ケインズ派の価格設定の説明は、新古典派系の経済学において取り入れられている非現実的な仮定として有名な”限界費用逓増”を必要としない*1、というメリットもある。また、効用や便益が本質的に主観的なものであるのに対し、費用は計測できるものなので、費用を起点に始めるポスト・ケインズ派の価格設定過程の説明は、ある意味客観的な議論が可能になる。

以下に、ポスト・ケインズ派の提案する価格設定プロセスの、私なりの要約をまとめる。

 

価格設定に共通すること

ポスト・ケインズ派の価格設定モデルは、ことごとく、生産費用(人件費・労務費・仕入費・材料費・経費・販売費及び一般管理費・消費税・法人税など)に利潤(内部留保・配当)を上乗せするという手続きをとる。これは、実際の価格設定を説明するために良さそうだからだ。

生産者は「消費者の動向を正確に予測することができない」うえに、「販売を開始する前に価格を決定している」「生産量の多少の変更は、単位生産量当たりの費用にほとんど影響しない場合が多い」という現実がある。ので、「需要と供給のバランスで価格が決まり、価格を見て生産量を決める」という完全競争市場の説明や、「限界費用と限界収入の一致する量を生産し、その生産量の時の価格が決定する」という寡占・独占市場の説明は非現実的だというわけだ。

売上の予測&予測した売上量を生産するときの原価の予測

→価格設定

→販売開始

→生産量の調節と、場合によっては価格の再設定

が現実的な価格設定と製品販売の流れである。

多少の価格変動は売り上げに意味がある規模の影響を与えない場合も多い。そのうえ、価格の変更が売り上げに与える影響は誰にも正確にはわからない。何が言いたいかというと、『「価格を変える」のは企業の生存戦略としてはさほどメジャーな方法ではない。一方の在庫変動や生産量変更は、予測不能な変化を繰り返すかもしれない市場への現実的な対処方法*2で、生存戦略としてよくある方法だ』ということだ。

それから、企業は、新古典派ミクロ経済学がしばしば想定するように、利益の最大化を目標にするとは限らない。社会から倫理的だと評価されるように価格を下方修正したり、市場シェアを拡大する(将来にわたる利益を拡大するという意味では同じと解釈可能かもしれないが。)ことが最大の目標になるなど、「特定の製品で最大の利益を上げる」以外の目的が最重要になることも多い。企業にとっての最大目標は、しばしば、生き残ることである。企業は大きいほど、経済的・政治的権力を手に入れることができる。権力があれば、環境へのコントロール能力が増え、生き残る確率が上がる。生き残るために拡大したい、拡大するためには投資支出の資金源として利潤が必要、利潤は生き残るための手段、というのが企業の最重要目標としてメジャーだと言われている。

また、一般均衡に替わる、限定合理的な価格設定者の判断基準を説明することによって、「価格交渉力が強い主体や市場で支配的な立場にある企業が価格を先導し、立場の弱い主体がそれを受け入れる」という、直感的かつ、需要と供給では表現できない権力を考慮した説明が可能になる

 

これ以降、「○○費用」は大体、推測した売上量を生産したときに予測される生産費用を計算したものである。実際に生産してみたら、価格設定の時に予測した生産費用と乖離することもあるかもしれない。原材料の価格が変わったり、想定していた売上量と違ったりして。

 

価格設定の2分類

価格設定に至るまでに、2つの典型的なパターンが存在する。一つは原価指向の価格設定、もう一つはマークアップ指向の価格設定である(という意味のことが本に書いてあった)。

・原価指向の価格設定は、「製品一つあたり、どの程度の利潤を求めるか」を決めるという発想で、価格設定→売上によって利潤が決定 というイメージ

マークアップ指向の価格設定は、「企業全体の目標利潤を先に決めてから、原価計算で割り出した価格にどの程度のマークアップを乗せるかを決める」という発想で、目標利潤額の設定→価格設定 というイメージ

ここで注意してほしいのは、マークアップ指向の価格設定が原価指向の価格設定の特殊なパターンと解釈可能ということだ。2分類としたのは、分類のための分類にすぎないのかもしれない。

 

 

原価指向の価格設定プロセス

原価指向の価格設定は、推測した売上量を生産したときの、商品一つあたりの生産費用に、「商品1つ当たりの期待利潤」を上乗せする方法で決定される。

多くの中小企業がこの方法を用いているらしい。

この価格設定プロセスは、伝統的コスト計算手法と、新たに考案されたコスト計算手法の、双方を含む多様な原価計算手続きに基礎を置く。伝統的な原価計算手続きは、非常にわずかな会計知識さえあればできる方法である。伝統的な原価計算手続きには、下記の「直接費用に基づく価格設定」および「総費用に基づく価格設定」が該当する。新たに考案された原価計算手続きには、「活動を基準とした原価計算に基づく価格設定」が該当する。

 

直接費用に基づく価格設定

直接費用に基づく価格設定では、価格は、単位直接費用(商品1つ当たりの直接費用)に、「単位間接費用」と「商品1つ当たりの期待利潤」をカバーするための「総費用マージン」を上乗せする方法で決定される。この価格設定方法は、売上及び生産量と関係せず、会計的に難しいことを考える必要もなく、直接費用の一定倍の収益を確保できるような価格設定方法である(完全稼働生産能力以下で稼働する限り、普通、単位直接費用はほぼ一定)。価格設定に経費や時間があまりかからないらしい。

DC:(推測した売り上げの時の、一商品当たりの)直接費用

k:間接費用と利潤をカバーするためのマークアップ

価格pは、

p = (1+k)(DC)

で設定される。

kの上下には市場競争の影響も含まれるので、需要と供給のバランスを無視しているわけではない。定量的なモデルを作るとき、「前期の売れ行きが好調な時はkを少し大きくし、売れ行きが不調な時はkを少し小さくする」などの調整方法が採用される場合もある。

総費用に基づく価格設定

DC:(推測した売り上げの時の、一商品当たりの)直接費用

TC:(推測した売り上げの時の、一商品当たりの)総費用

g:間接費用をカバーするためのマークアップ

r:利潤マークアップ

価格pは、

p = (1+r)(1+g)(DC)

あるいは

p = (1+r)(TC)

で設定される。

商品一つあたりの間接費用の推測は、直接費用の推測より難しいことが多いであろうことは、想像に難くないだろう。生産量の増減によって、商品一つあたりの間接費用は、比較的大きく変動するからだ。

rやgも、需給バランスから影響を受ける場合も多い。

 

活動を基準とした原価計算に基づく価格設定

大企業でよく見られる価格設定方法らしい。一つの企業が複数種類の商品を共通の資本を使って生産する場合の、原価指向の価格設定プロセスと思われる。

DC:(推測した売り上げの時の、一商品当たりの)平均総直接費用

x_i:間接費用を生じせしめた活動のうち、該当製品がかかわった度合いに応じて割り当てられる i 番目の間接費用をカバーするためのマークアップ

Σ x_i:該当製品の生産にかかった間接費用をカバーするためのマークアップ

(1+Σ x_i)(DC):該当製品の生産にかかった平均総費用

r:利潤マークアップ

価格pは、

p = (1+r)(1+Σ x_i)(DC)

で設定される。

大企業で用いられることが多いのは、多くの種類の商品を共通する設備を使って生産&提供することが多いから、ではないだろうか。

 

マークアップ指向の価格設定プロセス

会計処理の発展によって、企業は容易に費用を計算できるようになった。マークアップ指向の価格設定手続きは、平均直接費用・平均総費用のような原価計算を前提としたうえで、異なるマークアップ過程で分類される。この分類の価格設定でもっともよく知られているのは「公正な収益率に基づく価格設定」と「目標資本収益率に基づく価格設定」である。そのほかにも、3つの価格設定プロセス「製品の特性に基づく価格設定」「競合企業を意識した価格設定」「特定の社会階層に購買意欲を起こさせるような価格設定」がある。

 

①公正な収益率に基づく価格設定

一部の産業分野では、確立された慣行や習わし、あるいは企業が従わなければならない産業基準に基づき、生産費用に利潤を上乗せするという価格設定を行う。

業界内でのすべての取引を、慣行や基準に基づいて行われることが、当然のこととされている。もちろん、「均衡」で表現される価格設定プロセスとは大きく異なる。企業によって製品間にほとんど差別化がなされていない場合に、よく用いられることが知られている。

 

②目標資本収益率に基づく価格設定

企業の個別事情によって、原価に利潤が上乗せされる価格設定。

該当する商品の生産にかかわった資本に対して、ある特定の収益率を上げさせるような価格設定。該当する商品の生産のための工場設備などの資産への出費の金額に対して、一定の割合の利潤を得ようとする価格設定。

株式会社にとって、「該当する商品の生産に用いる工場設備などの資産」の購入は、資本金・借入・内部留保を元手に行われる。「資本金の利回り(または株式配当)」「借入金の返済」「将来の企業成長のための貯蓄」を考えて、資本購入に費やした金額の一定倍率を目標利潤にするのは、現実的な意思決定ではないだろうか。

VCA:商品の生産にかかった、資本資産の価値(価格)。

TRR:価格設定者が目標とする、VCAに対する目標利潤額の割合、目標利潤額÷VCAである。以降、目標収益率とも呼称する。

正常生産量:生産者は予測される売り上げより多めに生産できるようにしたがる。稼働率100%は、設備の故障などのイレギュラーに対応できなくて結果的に生産効率が悪いという実用的な理由だけでなく、急な需要増加に生産量の変更で対応できないので、避けられるのだ。需要増加に生産量増加で応じれば、市場シェアを逃さず、消費者の消費習慣の育成を通じて将来の売上や利潤を得ることもできるかもしれない。最大の生産能力より少し余裕がある生産量が、正常生産量である。

t:目標利潤マークアップ。t=目標利潤額/(正常生産量を生産したときの総費用)

 

目標収益率を満たすのに必要な利潤額、すなわち目標利潤額は、

目標利潤額TRR×VCA

 

価格=正常生産量を生産するときの平均総費用×(1+t)

正常生産量を生産するときの平均総費用×{1+目標利潤額/(正常生産量を生産したときの総費用)}

生産量1当たりの総費用と各種マークアップの安定性を前提とした場合、「長期間かつ多くの連続して行われる取引に対して価格変化しない」という意味において、価格は安定している。価格は、特定の取引のための水準でもなければ、売り上げの直近の変化の影響を反映するものでもない。生産量1当たりの総費用に基づく安定した価格を持っている商品の市場は、「均衡」で表現できるような市場ではないことを意味する。

在庫を考えない場合、すなわち 正常生産量=売上 のとき、目標利潤額と同額の利潤が得られる。正常生産量を上回る売り上げは目標以上の利潤を上げ、正常生産量を下回る売り上げは目標以下の利潤になる。

 

③製品の特性に基づく価格設定

製品の特性やライフサイクルを反映するように調整された利潤率が、原価に上乗せされる価格設定(長持ちする商品は、高い利潤率を求められるなど)。

製品の特性は、企業の諸製品間の相補性や、補足性と大いに関係がある。企業はしばしば、一群の相補性のある製品に対して共通の利潤率を用いることがある。製品のライフサイクルは、大部分が技術変化と市場の成長によって決定される (「技術変化が速いと、買い替えが早いので、利潤率が低くてもいい」「市場が大きくなると、利潤率が低くなっても利潤額が増える」といったところだろう)。 流行おくれの製品の利潤率は、往々にして削減される。この価格設定の手続きは、相互補完的製品同士の抱き合わせ販売価格の設定や、新製品の当初売り出し価格を高く設定するといった、価格設定過程でありがちな慣行や戦術と密接な関係がある。

価格設定の実態調査によれば、

・競争相手の価格が与えられているとした場合、企業が常識的な範囲で価格を変動しても、商品の販売量に実質的な変化を生み出さなかった

・市場価格の変動(特に下落)は、短期において、市場販売量の変化があるとしても、ごくわずかな変動しか生み出さなかった

・価格変化が販売量の目立った変動を生み出すのに十分なほど大きいとき、利潤額への影響はマイナスで、その企業にその実験を再び試みないよう納得させるのに十分なほどだった

ことが明らかにされているらしい(ソースハヨウイシマセンゴメンナサイ)。

 

④競合企業を意識した価格設定

主に同業他社の戦略に対応して、原価に利潤を上乗せする価格設定。

・市場リーダーの価格設定に従う

・自らの以前の収益率を維持できるような、いわゆるパリティ価格を採用する

・低価格の供給者に徹する

・状況に応じた弾力的価格設定(これだけが、「均衡」を用いた理論で対応可能?)

の4つの戦術が(主として)みられる。価格先導者は、技術においてその優位性を維持し続ける傾向がある。

この価格設定の特性は、時間を通じて変化するということだ。価格が普遍にとどまる期間を3か月から1年とし、その期間が終わったところで改定すべきかどうか決めるのが普通である。企業にとって最も重要な要因は、「労賃」「原材料費」「利潤率」「予定された生産量の変化」である。企業に利潤率を改定させる要因は、「競争上のプレッシャー」「該当製品がその寿命のどの段階に達しているか」「必要な利潤額」である。

2年間隔といった短期の期間内では、コストの変化が価格の変化の主要因だが、長期においては利潤率の変化が価格の変改において重要とされる。

価格が変化しない期間を無視すると、状況に応じた価格設定を行う場合だけが、「均衡」を用いた価格決定の説明に、比較的当てはまりやすいと思われる。

 

⑤特定の社会階層に購買意欲を起こさせるような価格設定

自社製品の市場開拓のため、

・高級感を醸し出すような価格設定

・はっきりと価格を明示せず請求があって初めて開示する方法

・製品に対する消費者の好ましい印象を築くための価格設定

などの手段を用いる価格設定。

上流階級による誇示的消費を伸ばしたり、下層階級に割引価格で提供する(学割など)などの試み*3が観察される。

価格設定管理者は、企業が継続的に生産活動を行い、存続・成長することを可能にするような価格を設定する。市場条件が時間などの理由を通じて変化するため、価格設定者は、多時点にわたり変更自由な様々な価格設定戦略を用いる。

時価」とかなんとか言い出したら、その商品はこのタイプの価格設定手段に当てはまるのではなかろうか。

高値だからこそ売れる財も、どうやら存在する。上流階級向けに提供される「どうしてこんなに高値?そんな価値ないだろ?」って感じの価格をもつ財の多くは、原価に上乗せされるマークアップがやたらと高いのであろう。所得格差の大きさがこの手の現象を引き起こす主な原動力の一つだ、といった推測を私はしているが、まぁそんなことはここでは論じない。消費者理論でそのあたりを説明しているポスト・ケインジアンもいるかもしれない。知らんけど。

 

 

関連記事

この記事は、あくまで、企業の主観的視点に着目した価格設定の説明に終始した。いわゆるミクロ経済学の想定する分野だ。価格設定を社会全体の視点(マクロ経済学やそれに近い視点)に拡張し、消費者物価指数を左右する主要因について説明したのがこちらの記事。

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

消費者の意思決定を扱った記事。価格を左右する要因を理解するには、消費者と生産者の相互作用を考える必要があるだろう。

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

最後に

ポスト・ケインズ派の価格設定の説明が、上記のように複数の要因・複数のパターンを想定したものになる理由は、ポスト・ケインズ派が、例えば以下のように、新古典派系列とは一線を画する世界観や前提を持っているからだろう。

・ポスト・ケインズ派が歴史的動学的時間の概念を重視しているので、○○曲線の類は数多くの要因(究極的には、理論化が極めて難しい人間の情動的反応に還元できる)の影響を受けて予測不能で経路依存性を持った時間変化をたどると考えていて、「均衡」を用いた説明は非現実的だと考えている

・人が合理的な行動をとるとは限らない  (言い換えれば、効用や便益は計測できないし、正確に予測することもできない)、と考えている

・ポスト・ケインズ派の考えでは、多くの経済主体は、将来の不確実性に柔軟に対応するためにバッファを用いている。市場が価格変動によって調整されることは少ない。市場は多くの場面で、様々なバッファ(家計にとっての預金残高の変動や、企業にとっての在庫や稼働率の変動など。価格設定の説明で多用したマークアップにも、このバッファの機能がある。)を使うことで調整されている。「良い感じの水準のバッファ」を用意するために、例えば、企業であれば売り上げに対する在庫の比率の目標を持ったり、家計であれば所得に対する貯蓄(フロー)の割合の目標を持ったりする。需要と供給のバランスよりも、各種バッファの割合を目標近辺にキープしたがることの方が、経済的な意思決定に強く影響することが多い

・ポスト・ケインズ派の価格設定の説明は、マンキューの教科書のように経済学的な意味の機会費用ではなく、会計的な費用をベースに考える。機会費用をベースに考えるのは利潤最大化を目指しているからと説明され、会計的な費用をベースに考えるのは生存競争に勝つことを目指しているからと説明される。価格設定の理論の重要な前提がそもそも違うので、どちらも需要と供給という言葉を使っていたとしても、明らかに質が異なる。

競争市場における供給曲線と需要曲線の交点で価格が決まるという、現実にありそうにない説明(安く作れる人たちがそのノウハウなり立場の優位性なりを生かして、新たに人を雇って事業を拡大し、安い価格帯で大量生産して寡占・独占を目指そうとしないなんてことが、市場経済社会で起こるだろうか?多くの産業で規模の経済が成立するにもかかわらず、経済合理的な人々が事業規模を拡大して単価を下げようとしないなんてことが起こりうるのだろうか?主流の経済学の教科書に書かれている競争市場の分析は好意的に言っても寓話に過ぎない。)や、寡占・独占市場において限界費用と限界収益の交点で価格が決まるというこれまた現実にありそうにない説明(将来的なことも含めて利潤の最大化を目指すのであれば、価格競争で市場シェアを奪える財やサービスの市場では多少無理してでも値下げ戦争を仕掛けるかもしれないし、たとえ生産の単価が下がっても暗黙の了解のもとで価格を下げない方針で談合するかもしれないし、そもそも限界費用曲線の傾きが限界収入曲線の傾きよりも大きい保証がない。)を、上で書いたポスト・ケインズ派の価格設定の理論は見事に回避している

 

ポスト・ケインズ派の価格設定の説明は、価格設定が生産費用に強く依存することを明記することで、サプライチェーンの序盤の価格変動(例えば原油)が、消費者物価指数を直接的に引き上げることを、直感的に説明する。一方で、需要と供給の変化が価格変動をもたらすことを明言しない。明言しないということは、無視しているということではない。生産費用や利潤の変化を考えることは、需要と供給の変化を、本質的に内包しているからだ。

 

参考図書

bookmeter.com

bookmeter.com

bookmeter.com

 

 

注釈

*1:需要曲線と供給曲線の交差を保証するために供給曲線が右肩上がりにしなければならず、供給曲線を右肩上がりにするには限界費用を逓増させなければならない。

*2:需要が急に増えるかもしれない、その時に同業他社に市場シェアを奪われないように備えるため、売り上げに対して一定の割合の在庫を常備したい。など。

*3:需要と供給の均衡で価格が実現するという新古典派系の説明は、価格の上下に伴って供給したりしなかったりする生産者のランニングコストが売り上げに対してとても高くなることを無視している。低価格帯の提供に徹する戦略は、需要が比較的安定していることにより、計画的に活動することができるという側面がある。