帝国主義は常に商売とともにあった話
帝国主義は、常に「商売の論理」のもとにあった。
商人は貿易で儲けるために、まずは”条約”を結ぶことを検討した。(これは必ずしも国家間で結ばれるものとは限らない。)取引のたびに関税その他を交渉するのは労力がかかって非効率的なことに加え、言葉が違って意思疎通のコストが高い関係においては、ルールを予め決めておくことが、商売を円滑に進めるために必要な制度だ。そこで、比較的穏健な手段として、”条約”を結ぼうとした。少なくとも商売人はそれを求めた。ペリー来航の直前にアメリカだかどこだかからやってきた捕鯨船の乗組員が、石炭と食料の提供を求めて条約を結ぼうとした話は有名だ。捕鯨船は学術的な目的でも軍事的な目的でもなく、商売を主な目的としてやってきていた。クジラの脂肪はランプに使える。たしかそんな理由だったはずだ。
商売人は倫理道徳の体現者ではない。自分たちが儲かるためならば、理不尽な要求を突きつけてくることもある。ただ、理不尽な要求を突きつけるには、武力・暴力が必要だ。有力な商売人は、コネや金を使って、自国の政治家や軍人の力を借り、不平等条約を結ぼうとすることもあった。ほとんどの日本人が中学か高校で習ったように、幕末から明治初期にかけての日本も、このような圧力を一貫して受けていた。
その一昔前の清国も、イギリス人か誰かに、『我が国は必要なものを自国で全て生産している。だからお前らと商売する気はない』みたいなスタンスだったはずだ。イギリスの商売人としてはこれが気に食わなかった。中国の茶葉を輸入して紅茶をたしなみたい。しかし実質金本位制に近い状況の世界では、貿易赤字の累積には持続可能性がない。なんとか中国に輸出する品目はないだろうか?そこでアヘンを植民地インドで生産し、それを中国に売りつける、イギリスからインドには綿製品か何かを売る、三角貿易スタイルをとった。教科書に書いてある有名な話だ。
清国ではアヘンが流行した。汚職が蔓延したかなんだったか理由は忘れたが、とにかく、清の偉い人が、アヘン輸入を制限するぞ、ってことに決めた。少なくとも、現代の倫理観だと、自然な流れだ。ところがこれにイギリスが怒った。疑似紅茶プランテーションだったはずの清が”反抗”したのだ。商売上がったり。「商売の論理」すなわち商売人と消費者の利益のために何でもする力がここに動き出した。海軍を動かしアヘン戦争を起こしたのだ。イギリス人は何も、中国人を虐殺したかったわけでも、いじめたかったわけでも、支配したかったわけでも、戦争そのものが好きだったわけでもない。そこには純粋な『商売の論理』があった。商売の種のために武力を背景として”条約”を結び、商売が脅かされると戦争を起こす。
他にも実例を上げることはできる。古代ローマが何故侵略を繰り返し、奴隷を調達したのか。これも根本的には『商売の論理』によるものだ。がここではその説明は止めておく。
帝国主義の原動力が商売にあったことは、携わる人たちのモチベーションを考えることでもわかる。
戦闘狂は非常に珍しい。いじめっ子はたくさんいるが、海を渡ってまで相手を探しに行くほどのやる気はないし、大抵は地元で事足りる。植民地支配もそれそのものは手間がかかるし、多少の反逆のリスクもある。だが、物質的に豊かな暮らしをしたい人はいくらでもいる。商売人は金を設けたいし、消費者は良い商品がほしい。そして円滑な商売にはルールが必要で、ルールは暴力によって履行を保証される。倫理観の欠如さえ加われば、帝国主義は簡単に実現する。
全ては儲けのために。円滑な商売にはルールが必要だ。自分たちの利益を大きくするルールを暴力で押し付ける。これが帝国主義の正体だ。帝国主義は常に商売とともにあった。