好奇心の横断歩道を創る!

自分の思考をラバーダック・デバッグするためのブログ

2023年10月6日時点の自分の中のホットな仮説を書き残してみる

一年後に読み返したら、すっごい恥ずかしくなるんだろうなぁと思いつつ。何が花開くかわからないんだから、好き勝手書いてしまえって気持ち。自分がどの程度意見を変えているのか知りたくなったから。それだけの理由で書く。もちろんメモにも書いてるけど、デバイスを問わない参照可能性を追求し始めると、Theが付く方のインターネットに放流するのが便利。

 

確度が高い(平均して3割程度)と思ってるやつ

・情報の伝搬という意味でつながりすぎた世界では、アイデアの量と質が低下する

・出入りが簡単ではない組織のルールは、最も多くを生産する人ではなく、最も多くを搾取できる人(必ずしも搾取しているではない)が決める

・感情と縁を切った合理的な判断は存在しない。合理的な判断は、理を定義する時点で必ず感情を参照することになる。理性と欲望は不可分だ

・「根拠がないなら信じない」は、「根拠なんてないけど信じて突き進む」と比べて、長期的にみて、適応的なことが極めて少ない

・経済や技術や科学の発展は、試行錯誤を増やすインセンティブと、蓄積の容易さを保証する制度と、蓄積の利用可能性を高める仕組みが、構成員の個々人の才能や努力よりもはるかに大きく影響する

 

確度が低い(5%以下)と思ってるやつ

・人は、脳の仕組みの面から、感情なしに理性的思考を発動することができない

・言い勝ったもの勝ちの文化は、ポリコレ地獄の原因になる。それが社会を豊かにするかどうかと関係なく、ポリコレは討論の場でたたきづらいからこそポリコレであり続ける

・賢さでも肉体的な強さでも優れたネアンデルタールが滅び、ホモサピエンスが生き残っているのは、フィクションを共有して信じることができたからではなく(そんなことならネアンデールタールもしてたと信じているので)、攻撃的だからでもなく、ホモサピエンスが飽き性で好奇心旺盛で群れの規模が大きかったから(飽き性で好奇心旺盛だから、火おこしや石器づくりや罠の仕掛け方のような先祖代々伝わった伝承に、次々と独自性を加えようとした。集団が大きかったので、誰かの成功例が大勢に共有されトラックナンバーが非常に大きかった。好奇心を発揮する人は、検証されていない危険に次々に突っ込んで、個人としては次々死んでいったが、同時に集団に情報を届けた。集団が大きいなら、好奇心旺盛な個体が死んだ程度で機能を失ったりはしない。好奇心は猫をも殺すが、ホモサピエンスの集団を繁栄させたのではないか)