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「家計の収入の合計が同じなら、収入格差が小さいほうが消費の合計は増えるはず」を定量的に表現できないかと試行錯誤した記録

 

 

 

この記事で一貫している目的意識と注意点

この記事では、「家計の収入の合計が同じなら、収入格差が小さいほうが消費の合計は増えるはず」を定量的に表現する方法を探る。

 

収入の合計が一定という条件を常に要求する。これは、以下の2つの前提条件を採用した結果である。

・議論を簡単にするために、物価水準は不変とする

・家計の収入の合計と、物価水準は、強く連動する。家計の収入の合計が一定であれば、物価水準は一定である

「市場は価格の上下ではなく生産量の増減によって調節されている。生産量当たりの税収や輸入物価は不変。」という世界観を採用しているのだ。これに当てはまらない現実の経済には、これ以降の議論を直接当てはめることはできない。

rokabonatttsu.hatenablog.com

この記事では、家計の収入の合計が一定であれば、物価水準を変化しないものとして扱うことができる、ことにする。

 

また、「GDP三面等価の原則があるのだから、収入の合計が支出の合計と一致しないのはおかしくないか?」と言われそうなので、断っておくと、この記事における収入とは家計にとっての収入であって、企業や政府や外国ではない。消費(家計では支出と言い換えても大意を損なわないはず)も同様。だから、収入と支出が等しくないなんて言わないでほしい。一番直感的な解釈は、家計の貯蓄超過と同程度の規模で、基礎的財政収支がマイナスしてる、といったところではないだろうか。

 

下で行うのは、数々の仮定の上で成り立つ議論であって、仮定が当てはまらなければ現実の説明にも使えないことに注意が必要。

 

確率密度関数の取り扱いについては、こちらの記事の内容の一部が前提となっていたり。

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

 

所得分布を表すために正規分布を採用

年収の分布を調べてみた。

www.excite.co.jp

が情報源。人口の男女比を1:1と仮定し、男女合わせて収入の分布を計算し、それっぽい関数と比較してみた。

正規分布の定数倍でフィッティング(手動)
青がリンクのデータを使ったもの、黄色がパラメータを手動で設定した正規分布

フィッティングそのものは目的ではないので、パラメータを手動で設定する横着をした。

 


年収の分布は正規分布をベースに考えてもよさそうだ。それっぽい関数の中でも、正規分布は比較的微分積分できそうだし。ただ、正規分布を採用した場合、けた外れに稼いでいる金持ちはほとんど存在しないということになり、現実世界と折り合いが悪いような気がする。まぁそれでも、最初は正規分布を起点に考えようと思う。

 

収入が正規分布するとして、収入の合計が一定になるような条件を見つけられるか?

賃金の分布を正規分布で仮定して、賃金の合計が一定になるような条件を導出できないかを試してみた。結論から言えば、私の手には負えなかった。以下、失敗の記録。

 

収入が連続値のとき

収入の変数の設定と、分布を表す関数の仮定

簡単のため、収入=名目賃金ということにする。また、物価水準は一定とする。

w:名目賃金

賃金の確率密度関数fw(w)を正規分布で近似。

fa(w):その名目賃金における消費性向(名目賃金の関数)

fc(w) = wfa(w):その名目賃金における平均消費(名目賃金の関数)

計算しやすいように、消費性向はシンプルな形にしておいた。

 

満たさなければならない条件

つまり、確率密度関数積分すると1にならなければならないし、消費性向は常に0から1の間にある。

 

見通し

経済全体の消費の合計であらわされ、

の条件を満たすμ(α)をもつ必要がある(賃金格差の大小に関係なく賃金の合計が一定)。Zの積分を計算すると、私の計算間違いがなければ、となる。もしも µ >> σ であれば、で近似することもできるが、実測値によると µ ~ σ のほうが実態に近い。

名目賃金が連続値をとるとき、μをαの関数として解くのは、難しそうだ。少なくとも私には方法が思いつかない。そこで、名目賃金分布が離散値をとる場合を検討した。 

 

収入が離散値で表現できるとき

基本的な手続きは連続値の時と同じ。

名目賃金 wi = 0, 1, 2, · · · , W

名目賃金確率密度関数は規格化定数。

消費性向(名目賃金の関数)fa(wi)

平均消費金額(名目賃金の関数)fc(wi) = wifa(wi)

 

経済全体の消費の合計 Fc は、家計の数を E として、

ただし、の条件を満たす必要がある。(賃金格差の大小に対して賃金の合計が一定)。

の両辺を σ で微分したとき、すべてのσで方程式が成り立つように、μをαの関数で書く必要がある。この計算ができなかった。 

 

連続値でも離散値でも、計算が行き詰った。

 

 

 

 

私の力では収入の確率密度関数が満たすべき条件は分からなかったが、代替手段がないわけではない。

モンテカルロしよう

正規分布(賃金分布をイメージ)と反比例(不労所得をイメージ)を使って収入分布を表現し、モンテカルロ法で収入分布や消費分布を表してみる。厳密な説明はできないが、納得感のある説明はできるかもしれない。

 

賃金と不労所得の生成

家計が1億コ存在するものとする。

賃金wi(wi=1,2,3,...,10^5)が確率密度fwに従ってランダムに一億個生成される。



賃金の分布は、偏差値や成人の身長のような、山なりの分布である。

続いて、確率分布fiに従って一億の2%=200万個の不労所得iがランダムに生成される。

fi(i) = 1 / i    (i = 1,2,3,...,α)

不労所得を得られるのは、ランダムに選ばれた200万の家計である。不労所得の分布は、「1以上10未満の不労所得を得る人数」≒「10以上100未満の不労所得を得る人数」≒「100以上1000未満の不労所得を得る人数」...となるような分布である。これは金融資産のキャピタルゲインが元手資金の定数倍になることをイメージしている。「とびぬけた金持ちは不労所得によってその収入を得ている」という世界観を採用した(αが賃金の幅よりもかなり大きい)。

 

収入の計算

各家計について、次のように収入を計算する。

収入=賃金+不労所得

(確率変数と確率変数の足し算である。関数と関数の足し算ではない。)

 

格差の拡大と縮小をどのように表現するか

パラメータ σ, μ, α,を変更して収入格差を表現する。σ, μ, α,の組み合わせは、収入の合計額が(できるだけ)一定になるものを選ぶ。

 

消費性向について

一個人にとっての消費金額は収入の関数であらわされる。収入金額をxとすると、消費金額は、

消費金額(x) = 消費性向(x) * 収入金額(x)

で計算される。消費性向は収入金額xの関数であり、具体的には

消費性向(x) = 0.3 + 0.7 / (exp((x - 5000)/2000) + 1)

とした。

収入の関数としての消費性向のモデル
横軸=収入、縦軸=消費性向

 

条件を変えて、収入分布と消費分布を比較

収入格差が大きい時と小さいときの、消費金額を比較する。

 

条件1:σ, μ, α = 300, 300, 10^6

この条件下では、

収入の平均値≒1776

収入の中央値≒364

消費の平均値≒779

消費の中央値≒341

(有効桁数はいずれも3桁程度)

この条件を、ほかの条件との比較対象とする。

収入と消費は以下のような分布を示した。

収入1以上3000未満の範囲に限定し、収入分布強度を表すヒストグラム

収入1000以上の範囲に限定し、収入分布強度を表す、横軸が対数スケールのヒストグラム

収入10000以上の範囲に限定し、収入分布強度を表す、横軸が対数スケールのヒストグラム

ほぼ一定値になっているのは、収入10000以上の家計が収入のほぼすべてを不労所得によって得ており、不労所得に反比例の確率密度関数を当てたことが反映された結果。

消費1以上3000未満の範囲に限定し、消費分布強度を表すヒストグラム

消費1以上10000以上の範囲に限定し、消費分布強度を表すヒストグラム

 

条件2:σ, μ, α = 813, 813, 5*10^5

収入の平均値≒1774

収入の中央値≒985

消費の平均値≒1155

消費の中央値≒903

(有効桁数はいずれも3桁程度)

条件1の賃金を813/300倍し、不労所得を0.5倍し、収入の平均値がほぼ同じ(家計の数が同じなので、収入の合計値もほぼ同じ)になるようにした条件。俗にいうところの「労働者と資産家の収入格差」が小さくなっている。消費の平均値と中央値が、条件1よりも明らかに上昇している。

収入と消費は以下のような分布を示した。

収入1以上5000未満の範囲に限定し、収入分布強度を表すヒストグラム

収入1000以上の範囲に限定し、収入分布強度を表す、横軸が対数スケールのヒストグラム

収入10000以上の範囲に限定し、収入分布強度を表す、横軸が対数スケールのヒストグラム

消費1以上4000未満の範囲に限定し、消費分布強度を表すヒストグラム

消費10000以上の範囲に限定し、消費分布強度を表す、横軸が対数スケールのヒストグラム

 

条件3:

条件1と比較する形で、いくつか追加したい

 

最後に

以上の内容をもって、「名目賃金の底上げが消費を伸ばす」とか「収入格差縮小が消費を伸ばす」と言うのは、少々早合点過ぎることに注意いただきたい。確かに、高度経済成長期は高確率で収入格差が小さい傾向にある。が、小さい収入格差が高度成長の原因になったのかは分からないし、名目賃金は生産面において価格に転嫁されるので、生産量が一定だと実質賃金は変化無し、なんてことも起こりうる。それにそもそも、この記事で行ったいくつもの仮定は、現実を単純化しすぎて実際の収入と消費の関係を致命的に損なっている可能性が高い。加えて、不労所得の価格転嫁と、賃金の価格転嫁は、異なる性質を持っているかもしれない。家計の収入の合計が同じだからと言って、物価水準が同じになるとは限らない。

「労働者の賃金を底上げすれば消費が増える」とか「収入格差縮小が消費を増やす」という主張は、上記の内容だけだと、「たぶんそうかもね」くらいの意味合いになることに注意が必要だ。私はほとんど確信しているが、確信していること自体は残念ながら証拠にならない。

それから、「消費金額と生活水準は比例しない」ということに注意したい。(家計の収入の合計が一定の条件下で)収入格差の縮小が消費を増やさなかったとしても、貧困層の生活水準の向上が富裕層の生活水準の低下よりも大きな飛躍である可能性は、極めて高いと思う。