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ポスト・ケインズ派の特徴をまとめ書きたい(仮)

※これは編集中の記事です。内容の修正・追加や、編集長の仕事的な意味での編集を、今後行う予定 多分間違いだらけだから、今読まれるのは恥ずかしいデス

 

 

はじめに

この記事では、ポスト・ケインズ派の特徴をまとめる。ここでいうポスト・ケインズ派は、主にカレツキ派とファンダメンタリストケインジアンのことであり、スラッファ派とは相反する内容がある。また、カレツキ派しか当てはまらない項目や、逆にファンダメンタリストケインジアンにしか当てはまらない項目もあるかもしれない。

数式を使った説明はできるだけ控える。この記事がしたいのは「特徴の説明」であって、「理論の説明」ではないからだ。あえて抽象化しているともいえる。

 

本当は、「ポスト・ケインズ派の特徴一覧」みたいに名乗れるくらい網羅したい。

 

まずはこの記事の主要な情報源の列挙。時間と金に余裕があるなら、記事を読み進めるより、本を読んだ方が絶対良いと思う。

 

 

 

加えて、ウェブ上のPDFファイル。京大の方が作った資料みたいです。とてもとてもとてもおすすめ。私の記事は読まなくていいから、こっちのPDFは読んでほしい。

https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~sasaki/pk_2011_10_12_2.pdf

https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~sasaki/pk_2011_10_19.pdf

 

 

〇ポスト・ケインズ派(PK)の特徴を列挙

ポスト・ケインズ派の根本的特徴

歴史的動学的時間を考慮する

歴史的動学的時間とは、現実世界の様々な変化が事実上不可逆であることに着目した、時間の概念である。現実の経済の不可逆な変化を繰り返す性質と対応する。PKは、歴史的動学的時間を真剣に考えるべきだという立場をとる。そして、新古典派の均衡理論を放棄した理由でもある。歴史的動学的時間はPKに、人々の期待などの種々な原因による不確実性を明示させ、確率分布すらうまく予測できないという想定を採用させる。

過去は変えることができず、経済主体は未来に対する完全な知識・正確な期待値分布を知ることができない。

PKにとって、長期とは一連の短期状態を連結した結果である。一時点における人々の意思決定がその後の状態にも影響を及ぼすことになる。経路依存性や履歴現象は、歴史的動学的時間が引き起こす現象である。いったん経済的決定が行われ、実行されると、簡単には元に戻れない。何らかのショックによって生じた次の均衡への移動経路の変更はとても大きな意味がある。

新古典派が議論に用いるのは、歴史的時間ではなく、論理的時間である。論理的時間の場合、一つの均衡から別の均衡への移動方法について全く関心を持たない。一つの均衡から別の均衡へのシフトは瞬間的に起こると考える。ひとたび新しい均衡点に移ると、新旧の均衡の特性を比較し、あらゆる種類の結論を引き出す(比較静学分析)。外生変数を元の値に戻すと、新しい均衡点から元の均衡点に戻る。

 

有効需要の原理の採用

商品の生産は、その需要に合わせて生産量を調整されていると考える。短期でも長期でも、生産力が弾力的に変化しうる。また、経済の成長経路は供給側の要因であらかじめ決まっているのではなく、成長経路自体が総需要の向きに影響を受ける。PKの想定では、有効需要の原理は短期にも長期にも成り立つ。

 

ポスト・ケインズ派の補助的特徴

「制度」の影響を重く見る

習慣・政治・地理的条件・教育・技術・文化・伝統・倫理・道徳・宗教・市場・家庭・企業などの「制度」が人の行動を形作り、経済性質を決定づけると考える。また、制度があることでそれがない場合にできないことを実現していると考える。

制度は人の行動を制限することで、社会全体でできることを増やし、結果的に人々の自由を支えることが多かったと考える(制度派・制度学派・進化経済学派などと同様)。

有用な理論は、制度特定的なものでしかありえない。

PKは、「人の行動が制度の影響に強く依存していて、人の行動はその人を含む家族・企業・地域社会・国家・そのほかのコミュニティなどの影響と不可分」と考える。個人が組織に影響を与え、組織が個人に影響を与える、この相互作用を重視する。PKの考え方は、有機体的という言葉で表現されることが多い。一方で、経済人をミクロ的基礎に据える主流派(新古典派系)は、制度が人の行動に与える影響をあえて無視(あるいは過小評価)していて、人の行動の原因をその人自身の状態に還元して説明するので、原子論的といわれるようだ。

制度が経済の性質を決定するという発想は、歴史的動学的時間と矛盾を起こさないように採用されたものかもしれない(私の主観)。

 

記述的議論

新古典派系の経済学が、「仮定の現実性は重要ではない。理論は分析の道具としか見ない。理論がもつ現実の経済の仕組みを説明する能力については、興味関心が薄い。」のに対し、PKは、「仮説が現実的であることが非常に重要。現実世界の経済を説明するためには、現実世界の様々な”定式化された事実”を起点に思考する必要がある。理論は例外なく現実を抽象化した不完全なものではあるが、記述的でなければならない。」と考える。

化学は反証可能性を重視し、仮説を実験で検証する。経済に対する仮説は、たいてい、政治的な理由で精密な実験が困難であり、経済の性質そのものが時間変化するものであるため(物理学でいえば、昨日まで使えたエネルギー保存則が使えなくなる可能性があるようなもの)、経済学は科学として発展することに向いていない。そこで、経験的事実や制度制約をそのまま仮説として採用するような方法を、PKはよく採用する。

 

根本的な不確実性

歴史的動学的時間のせいで、経済主体にとって未来は不確実である。人々は未来の事象の確率分布を、しばしば正確に予測することができない。経済の根本的な不確実性は、新古典派確率密度関数を使った議論を否定する。

PKが計量経済学を扱うとき、「過去の説明」と「未来の予測」は異なる意味を持つ。過去の説明は因果関係の推定に用いられ、未来の予測は前提ありきの推定である。

法律や会社や家族や習慣などといった「制度」が、不確実性を軽減する効果を持つ。契約が意味をなさない社会では、取引は困難極まる。

 

多元的な価値観の採用

効用や便益は一つの指標で表現できない(睡眠欲と食欲と性欲は互いに代替できない、などといった感じ)。所得効果を代替効果よりも重視するなど、PKは、辞書編纂的な説明(性質の異なる物事は代替できず、しばしば明確な優先順位を示す、という前提を伴うの説明。)を多用する。

 

その他、細かい特徴

・内生的貨幣。マネーストックは内生変数だという主張。(内生的変数ってのは、経済学においては、モデル内の他の変数を使って説明される変数のこと。マネーストックについていえば、純借入需要→マネーストック という信用創造を表す因果関係を想定していることを指して、内生的貨幣という言葉を使う。)

・手続き的合理性

・経済学用語での「投資」と「貯蓄」の因果関係を、PKは、投資→貯蓄 と考える。

・PKは契約関係や貸借関係をベースに取引を考える(ここが、ストック・フロー一貫モデルの使用につながる)。経済人をベースに考える主流派と対照的である。

・貨幣は「交換手段→貸借関係(あるいは契約関係)というルート(=商品貨幣論)」ではなく、むしろ、「貸借関係(あるいは契約関係)→交換手段という順序で発展した(=信用貨幣論)」と考える。これに関してはPKの意見というよりも観測事実そのものだから、PKの特徴といっていいのかどうか、わからないが。

・純貸出の水準(マネーストックと言い換えても良い)は、情報の非対称性というよりも信頼の有無に左右される。

・主流派が需給をはじめとする均衡を議論の中心に添えるのに対し、PKは、「経済主体がさまざまな種類のバッファを用意するものであり、しばしばバッファの大きさの目標を維持するために意思決定する」と強調する。バッファを用意する現象は観察に基づく事実であり、不確実性への対処方法である。また、生産量や信用創造量をかなり弾力的に変化させることができるようになった近現代の資本主義社会の説明として現実的なものだ。

・主流派は、需要曲線(or限界収益曲線)と供給曲線(or限界費用曲線)が先に決まり、後から均衡点が実現する、という幻想を採用している。しかし実際には、価格や取引量から需要や供給にフィードバックがかかる。価格の上昇を見て、将来の需要への期待を膨らませ、より需要が増える、といった市場も存在する。需要が増える→価格上昇→需要が減る&供給が増える という主流派の主張は一般には成り立つものではない。このことは、均衡を用いた分析が時間の概念を持たず、期待の影響の大きさを軽視していることと対応する

・PKは、供給曲線が右肩上がりにならない場合が多いと主張する。(主張するも何も、実際そうだし)

・収穫逓減とは限らない。収穫一定や収穫逓増の場合もある(実際、現代ではその場合も多い。)

・(効用や便益の最大化という意味で)効率的な分配にこだわる新古典派系の経済学に対し、PKは生産力の時間変化や経済成長に対して強い興味を示す。新古典派系の均衡理論がそもそも時間の概念を放棄しているので、生産力の時間変化などという発想がそもそも薄いのだろう。PKは歴史的時間を考えるがゆえに、均衡よりも時間変化を取り扱いたがる

・権力関係及び交渉力のモデル化に積極的。これは、カレツキ、あるいはマルクスからの伝統かもしれない。制度を重視することと対応。

・PKにとって、インフレの主要因は(少なくとも現代の先進国では)コストプッシュ型のインフレである。特に、賃金上昇が物価に与える影響が大きいとする。所得分配をめぐる競争と協調と対立の影響を重視するのだ。PKの考えでは、有効需要が増加しても、価格は必ずしも上昇しない。一方の新古典派系列では、インフレは市場の超過需要によって生じるものだと解釈する、デマンドプル型のインフレを想定している。

・PKは、インフレ目標政策の最大の欠点は、貧困や失業を減らすことなど、物価以外にほとんど関心が払われていないことだと考える。特にしばしば批判的なのは、景気の過熱に対して高金利政策をとる政策だ。金利の上昇→投資をはじめとする需要の縮小→失業率上昇 の一方で 金利の上昇→金利収入を得る立場にある高所得者層の収入が増える という所得格差拡大の一連の流れを嫌っている。それゆえ、内生vs外生 の論争も相まって、貨幣数量説を目の敵にしがちだ。さらに、政策金利と物価の上昇率が単調減少の関係にあるという主張にも懐疑的な傾向(金利政策が物価に与える影響が小さいという論点と、金利上昇自体が投資を促す可能性があるという論点)をもつ。

・金融引き締めによって過熱しすぎた景気を冷まそうとすると、信用創造系の規制を回避して資金調達する手段のイノベーションを促進し、結果的に金融引締め政策が効果を減らすことになる。加えて、規制を回避するための資金調達手段のイノベーションは、金融と経済の不安定化=バブルと不況を繰り返すようになること を促進することが多い。

・需要の増加は必ずしも価格上昇をもたらさない。経済には様々な種類のバッファがあることと対応する。代替効果よりも所得効果を重視する理由の一つでもある。

最低賃金や実質賃金が増加しても、失業の増加には(ほとんど)関係ないと考える

・銀行は、借り手の返済能力が高いとみなす限り、法的な規制の範囲内でいくらでも貸付する用意がある

・貯蓄率が低下してもそれが原因で投資が減少することはない。

・貯蓄率の低下自体は、経済成長率の制約にならない

財政赤字は、インフレも利子率の増加ももたらさない

・インフレ率は、失業率よりも輸入物価や生産性や賃金などの要因の影響を強く受ける。失業率は、総需要と総供給のバランスに対してあやふやな指標でしかない

・自然利子率なんてない(あるいは同時に複数ありうる)

完全雇用状態は「自然な状態」ではない

新古典派系列が想定する経済人などの合理性とは異なり、PKが想定する合理性は、思考力や情報収集能力や取引にかけることができる時間の有限さなどを理由に、経済主体が正確な未来や正確な効用(の確率分布)を認識できないことを前提とする、「手続き上の合理性」である

・企業は自身の意思決定によって財の価格を決定する。市場を含む企業を取り巻く環境が価格を決定しているのではない。

・価格伸縮性と不安定化の関係。超過需要水準に反応して価格が変化する伸縮価格の議論を否定する。PKは、代替効果の重要性を軽視する傾向がある。代替効果に従うと、消費者と生産者の選択は相対価格の変化に依存する。PKは所得効果の影響が大きいという立場をとることが多い。所得効果に従うと、消費者の選択は所得の変化によって決定される。PKは価格(通常の商品やサービスだけでなく、労働という商品の価格=賃金も含む。)の伸縮性が経済の不安定化の原因になりうると考えている。例えば、新古典派によると実質賃金の減少は完全雇用をもたらすものであるのに対し、PKによると実質賃金の減少は有効需要を減少させ、生産者の負債の返済を難しくし、失業率を上昇させるものだ。

・PKの生産理論の特徴は、「支配的技術を反映している、技術の種類や水準によってその値が決まると想定される係数群」を固定的に仮定すること。係数群が(単位生産費用を通じて?)相対価格を決定すると考える。係数の集合こそが長期的な相対価格を決定するのであって、多くの新古典派モデルで仮定されるように、相対価格が係数を決めるのではない。(経済学はなぜ科学ではないのか、に書いてあった内容。要修正。)

・PKは、実質賃金と貨幣賃金を注意深く区別する。貨幣賃金は報酬の名目値であり、労働者の交渉力などの要因に依存している。実質賃金と貨幣賃金の区別は、PKのインフレ理論の基礎をなしており、実質賃金を上回って貨幣賃金が上昇すると、必然的に価格水準が上昇する。このインフレ理論にとって重要なのは、超過需要を用いた説明をしていないことである。超過需要に依存しないおかげで、産業の供給曲線が右肩上がりであるという仮定を必要としない。

・資本と労働力はたいてい代替できないと考える。また、特定の種類の資本を用いて生産するときは、特定の比率の労働力が必要であるという前提を採用する。

#拡張フロンティアとファイナンス・フロンティアを用いた説明をここに追加。重要な内容なのに理解していなかったし、追加していなかった。ポストケインズ派経済学入門とポストケインジアンのミクロ経済学理論「ファイナンスフロンティア&拡張フロンティア」|こたつ|note ポストケインジアンのミクロ経済学理論「ファイナンスフロンティア&拡張フロンティア」part2|こたつ|note  https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~sasaki/pk_2011_10_12_2.pdfに書いてある内容など参照予定。できれば数式に逃げないように。

・ストック・フロー一貫モデルを比較的頻繁に用いる。ストック・フロー一貫モデルの説明はこちらに外注。

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

#この項目は、「なぜ経済学は科学ではないのか」という書籍の内容の一部
・物価の構成要素を生産費用と付加価値に分解すると、生産費用の構成要素は輸入を除くとすべて労務費や人件費である。そのため、価格水準は単位労働費用にマークアップを上乗せするようにして決定されている。マークアップは、負債と内部資金調達に関係している。貨幣賃金の上昇率は、労働者の賃金交渉力などで説明される。インフレ率を説明するとき、労働者一人当たりの生産物の増加と、実質賃金率のほかの決定要因を説明するだけでよい。(労働やほかの生産要素の物的限界生産物に基づいた)新古典派が好む所得分配理論を、相対的所得シェアについての代替的な説明で置き換える必要がある。PK派モデルでは、所得分配は主としてマクロ経済的諸条件によって説明される。新古典派理論でミクロ経済的関係(とくに、ある種の投入物を別種の投入物で代替する企業の能力)に基づく説明がなされていることと大きく異なる。ポスト・ケインズはモデルで所得分配を説明する最も重要なマクロ経済的要因は、労働者一人当たりの生産物の増加である。それはたいてい技術進歩の結果である。技術進歩率は少なくとも部分的にはモデルにとって外生的だが、すべての経済関係に及ぶ強い影響は無視できない。技術進歩で新製品が開発されると、時間の経過とともに新しい産業の発生をもたらし、現実の経済が持つ動態的な性質をももたらす。技術進歩が、技術的失業を伴う生産工程の革新をもたらす場合、それは労働者一人当たりの生産物の増加として観察される。労働者一人当たりの生産物の増加は、実質賃金の長期的な上昇の基礎として作用する。ほかの条件が同じなら、労働者一人当たりの消費を増加させるのは、労働者一人当たりの生産物の増加に限られるからである。ただし、実質賃金の上昇は労働者一人当たりの生産物の増加だけに依存しているのではないので、インフレをコントロールするために総需要政策ではなく所得政策を実行することを困難にしている。実質賃金の上昇は、投資蓄積率にも依存している。ほかの事情が一定であれば、投資率が高くなるほど労働者が得る所得の相対的シェアは低下する。消費から資本形成へと資源を転換しようとすると、賃金が少なくとも利潤に比べて縮減されなければならないからである。貨幣面及び実物面の双方で過大な投資の資金調達をするには、実質賃金の上昇率は、もっぱら利潤の上昇率より小さくなくてはならない(∵利潤に内部資金の調達や外部からの借入の利子を含む返済分が含まれているから)。また、技術進歩の率は投資率の影響を受けるかもしれない。新しい種類の資本財の導入に依存した技術進歩があれば、投資の増加は、労働者一人当たりの生産物の増加で測った技術進歩率を高くする。総裁的な要因がなければ、より高い投資率によって誘発される経済活動水準の上昇が、労働所得シェアの低下をもたらす。もし労働組合が利潤の増加と同等の賃金増加を獲得し、続いて生産者(特に価格交渉力が強いという理由で大企業・大会社)が、単位労働費用の上昇に見合う価格の上昇を要求する、という形での、賃金ー物価スパイラルを引き起こす可能性がある。実質賃金の上昇は、民間投資以外の目的のために用いられる利潤シェア(株式配当や債券の金利収入だけでなく、税金=政府の取り分が含まれる)にも依存している。ただ、投資の増加と対照的に、経済システムの生産能力の拡張によって、労働者の将来の所得を増加させる効果がない。労働者が得る国民所得のシェアは、より高い投資率のみならず、公共部門の規模の拡大や、一次産品価格の上昇によっても減少するだろう。少なくとも1965年以来のアメリカにおいて、最初は公共部門の過大な拡大の結果として、次に石油などの価格の急速な上昇によって、インフレ率上昇と不況が両立した。

 

 

 

 

・消費者理論について、リンク先に外注

rokabonatttsu.hatenablog.com

 


・価格設定のプロセスの説明について、リンク先に外注

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

 

・インフレの原因についての説明をリンク先に外注

rokabonatttsu.hatenablog.com

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

#編集メモ:経済学批判シリーズからも内容を取り入れる