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ポスト・ケインズ派の「消費者理論」

消費者がどのような過程を経て意思決定を行い、消費行動を行うか。これを説明するのが消費者理論。この記事では、(少なくとも一部の)ポスト・ケインズ派が提案する消費者理論についてまとめる

 

 

最初に

これ以降この記事では、「必要性」という言葉と「欲求」という言葉を乱用するが、

必要性はneedsの翻訳、欲求はwantsの翻訳。一般的な使い方ではないかもしれない(というか、翻訳する人によって多分異なる語を当てると思う)ので、ご注意を。

必要性は、食品・衣服・住居・娯楽・交通といったレベルにカテゴリーを作り、各カテゴリーの内部でさらにサブカテゴリーを構成している。

欲求は、特定の財(商品ともいう)と一対一対応する。

食品の必要性の中の、飲料というサブ必要性の中に、オレンジジュース必要性があって、オレンジジュース市場に数社の製品が供給されていて、それぞれの製品に対応する欲求がある、といったイメージ。

 

ポスト・ケインズ派の消費者理論では、以下の7つの原理が提唱される。

 

①手続き上の合理性の原理

経済主体は完璧な知識や大量の情報を処理する能力を持っていない。(一方で、新古典派系の多くの学派は、合理的経済人を仮定するなどの理由で、完璧な知識や大量の情報を処理し、正確に予測する能力があるという前提に立つことが多い)

経済主体は、複雑な計画や考察を避ける手段や、不完全な情報にもかかわらず意思決定を可能にする手続きを工夫するとされる。意思決定の手続きや手段には、経験則・社会的慣習の受容・情報通と察せられる他人の意見への依存などが用いられている。(手続き上の合理性と呼ばれる所以)

消費者はしばしば、他人の勧めに従って、社会的規範に従う形で、ほとんど代替案を考察することなく、明確な基準を意識することもなく、消費行動をとる。

手続き上の工夫は、「限られた知識と予測能力」「時間的制約」「不確実性を含む状況」に対する実現可能かつ賢明な解決策である。

人の認知判断能力を現実的に評価するという意味で合理的で、限りある認知判断能力の範囲内で合理的な行動をとっているので、「合理的な合理性の原理」と呼ぶこともできるであろう。

 

②必要性充足の原理

充足とは、特定の水準を超えるとその材が消費者に満足をもたらさなくなることである。充足を考えるとき、消費には閾値レベルが存在する。閾値を超えると、それ以上の財は、価格がどんなに安くても、購入されないであろうとされる。

必要性充足の発想は、新古典派の限界効用逓減の原理と似ていなくもないが、ポスト・ケインズ派の消費者理論は、以下のようなポスト・ケインズ派に特有の意味を含む。

まず、ポスト・ケインズ派の必要性充足の原理は、効用が単調増加で”漸近”するのではなく、一定値で頭打ちになると考える。

次に、ポスト・ケインズ派は、欲求と必要性を区別する。特定の必要性は、ほかの必要性よりもはるかに早く満たされる必要がある。必要性は、階層的に分類され、消費者行動の原動力である (だからと言って、マズローの仮説を支持するとは限らない)。欲求は必要性から生じる。特定の一つの必要性を満たすための複数の欲求は、お互いに代替できるものであり、優先順位が近いが異なる必要性に属する複数の欲求は、人によって多様な優先順位を構成している。

 

③必要可分性の原理

必要性の可分性により、消費者は意思決定過程を一連の多段階のより小さい意思決定に分割できる。消費者は、自分の予算を各必要性に配分し、続いてその各必要性への配分額を、ほかの必要性に何が起こるかに関係なく支出する。各必要性に振り分けられた予算は、各必要性やさらに細分化された必要性に配分され、支出される。

その結果、特定の必要性に属する一群の欲求の全体的な価格の上昇・下落は、すべての必要性への予算配分に影響をもたらすが、ある特定の財の、(特定の必要性を満たす一群の財との比較による)相対価格の変化は、他の様々な必要性への予算配分に影響を及ぼさない。(特定の必要性を満たす一群の財は、価格上昇する財もあれば価格下落する財もあって、代替性もあるので、特定の財の価格が上がっても、各必要性に配分される予算額は影響しない。という含みがあるようだ。)

必要可分性の原則は、新古典派の無差別曲線を用いた議論に対して実質的な制約を課す。

欲求を、食欲という必要性に属するものに限定できるなら、新古典派の無差別曲線がある程度説明能力を持てる(パンとコメのトレードオフを示す無差別曲線など)。パンの価格がサバクトビバッタや森林火災のせいで上がったら、コメの消費が増えるかもしれない。

しかし、食欲という必要性を満たす欲求と、食欲以外の必要性を満たす欲求を考えるとき、それぞれの欲求は代替することができない。車の価格が下がっても、パンを買うのをやめて代わりに車を買ったりはしない。

 

④必要性従属の原理

この原理の下では、効用が、多様な状況に対応可能なスカラーな尺度で表せない。効用は、ベクトルによって表すことしかできない。言い換えると「異なる必要性を満たす欲求の効用は、同じ尺度で比べることができない。食欲・性欲・睡眠欲といった異なる必要性を満たす欲求の効用は、それぞれ違う尺度で表現するしかない。複数の必要性を満たすための予算配分の議論において、効用を最大化する予算配分を考えるのは、長さ・重さ・時間のすべてを一つの単位で表現するようなもので、現実的ではない」といったところ。

必要性従属の原理はしばしば、人間性心理学派によって記述されるような、必要性がピラミッド状をなす(=必要性の階層性)という考え方と結び付けられている。

予算はまず必ず満たされなければならない必要性を満たすための必需品に割り当てられ、次いで必ずしも必要とはいえないカテゴリーの必要性に振り分けられる。「絶対に満たされなければならない必要性を満たす必需品」と、「比較的満たされなくても問題ない必要性を満たす財やサービス」との間に、代替関係は存在しない。

必要性は分割可能であり、まず最も基本的な必要性から優先順位に従って処理される。必要性への予算配分は、必要性が閾値レベルで充足されるまで続く。(古典派による必需品と奢侈品との間の区別、あるいは、スラッファによる基礎的商品と非基礎的商品との間の区別に対応する発想と言ってよさそう。)

 

効用がベクトルでのみ表現可能となるとき、最初に各必要性に対して予算配分が行われ、続いて、異なる必要性を満たすための財に何が起こるかに関係なく、どの財を購入するかを検討することになる。その結果、異なる必要性を満たす財の間に代替可能性がなくなり、同じ必要性を満たそうとする財だけが、代替可能性を考える対象となる。このことは、手続き上の合理性とも両立する。つまり、複雑な計画や情報収集をすることなく、どの財を購入するかを決めることができる。

最も基本的な必要性についての意思決定は、より上位の必要性の場合に必要とされる情報と関係なく行われる。消費者は、自らが達成できない必要性や既に充足の閾値を超えている必要性について、どの財を購入するかを検討する必要がない。

 

理解している方にとってはくどいだろうが、重要な事なのでもう一度。「効用はスカラー量で表現できない。あくまでベクトルで表現できるに過ぎない」のである。

 

⑤必要性成長の原理

ある必要性が充足されたときに、正確に言うとその必要性の閾値レベルが達成されたときに、個人はより高い次元にある必要性に注目し始める。充足されるべき新しい必要性は常に存在する。もしもまだ新しい必要性が存在していないならば、それは必ず作り出される。

必要性を満足させるためには、しばしば追加的な所得が必要となる。代替効果は、同じ必要性を満たすための財が考察されている消費者行動分析においてのみ、意味を持つ。特定の財の相対価格の変化は、「その財が満たそうとする必要性に属する全ての種類の財の代替可能性を考慮したとしても、必要性を以前と同じ水準で満たすために必要な予算が変化する場合」のみ、それぞれの必要性の予算配分に影響を与える。財の支出を説明するうえで、重要度は

所得効果・社会的地位・慣習や個人的習慣  > 代替効果

ということだ。そしてその根本的な原因は「欲求が必要性から生まれ、必要性が社会的地位や習慣に影響を受け、同時に必要性が優先順位で階層構造を作るから」だ。異なる階層の必要性を満たすための欲求は、代替効果を持たない。

 

⑥非独立性の原理

個人の意思決定と選好は、他人の意思決定や選好と無関係になされることはない。消費者とは、ほかの消費者、特に消費者として上位の階層に属するとみられる人々をよく観察し模倣する。欲求の構成内容は、その人の属する社会経済的階級に左右される。ある家計の消費行動様式は、その同じ社会的準拠集団(個人の態度・判断の基準として影響を受けるグループ)を構成するほかの家計の生活様式を反映する。

 

⑦継承の原理

選好は内生的だ。選好は、自らの過去の経験に影響を受ける。習慣の形成は、ポスト・ケインズ派マクロ経済学の特徴である。経路依存性・履歴現象の一つのパターンとして、習慣を扱う。過去の意思決定は、将来の選択に影響する。

 

 

 

最後に

ポスト・ケインジアンの消費者理論の説明を含む論文で、こんなのがあった。

https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/1-4020-3518-7_4.pdf

Post Keynesian consumer theory: Potential synergies with consumer research and economic psychology - ScienceDirect

 

必要性と欲求を区別することは、消費者行動を説明するのにとても重要だと思う。

必要性に優先順位があるのは確かだが、キッパリと区別できる階層構造ではない。必要性は優先順位に応じて階層構造を持つが、同時に、階層間である程度競合するであろう。

 

最後に、この記事にまとめた消費者理論の解釈として、私が想定する注意点を、箇条書きで書き残しておく。

・「欲求」という言葉を使うときには、かなり同質な財に限定して考えているはずだ。例えば食欲を満たす欲求として、スーパーの野菜と肉とお惣菜、回転寿司と牛丼チェーン店を区別しているのはもちろん、有機野菜かそうでは無いか、コシヒカリかアキタコマチか、といったかなり細かい区別で、同じ必要性を満たす異なる欲求として扱われている、と解釈するべきだと思う。

・「必要性が充足したら、その必要性を満たすための欲求は無くなる」という説明は、「比較的低所得でも満たされている必要性への予算配分額は、高所得になっても変わらない」という意味ではないはず。もしも、計量カップのように、水の総量(予算総額)に関係なく、各階層の必要性への予算配分額(メモリの間の距離および体積)が一定だというのなら、実際の消費行動を説明できるとは到底言えない。高級○○と呼ばれる財やサービスは、予算総額次第で、すでに満たされている必要性への予算配分額が変化しうることを意味する。

 

 

 

この記事を補完することを目的の一つとして、このような記事も書いた。

rokabonatttsu.hatenablog.com

 

 

 

参考図書

bookmeter.com

 

bookmeter.com